==あひるや Diary==

2003年4月21日の日記


テキ屋の子供たち。  No.39
■あひる1号です。

  あひる2号が、先日日記でも書いていたクラスメートの方の写真をお借り
 してきてくれました。名古屋駅前のX'masのイルミネーションや恋人達が
 メリーゴーランドの前で語らう姿等に混じって、私が一番好きになった作品
 は、祭りでにぎわう露店の傍らで、連なる鳥居の中で鬼の顔を模したような
 紙袋を被った子供たちが遊んでいるものでした。人のにぎわいからちょっと
 外れたところで自分達の世界で遊ぶ子供たち。彼らはテキ屋さんの子供たち
 なんだそうです。祭りという、非日常の世界を日常としている職業の人たち
 とその家族。彼らにとっては「いつものこと」なんでしょう。そんな背景ま
 で伝えてくれる写真でした。と同時に、一人の男の子を思い出させてくれま
 した。
  私が保育園の年中さんだったころ、クラスに一人の男の子が転入してきま
 した。学期の半ば、たしか梅雨の時期だったような気がします。先生に連れ
 られて来た彼の隣には、片腕のお父さんが彼を守るように立ってました。
 普通は、転入のあいさつなどはお母さんが付き添いで来ることが多かったの
 が、彼の場合はお父さん。しかも、片腕が肩からないのです。当時5歳かそ
 こらの私には衝撃的な光景でした。
  でも、そのお父さんはとても堂々として、はっきりとした大きな声で、
 「みんな、ウチの息子と友達になってやってな!」と、誇らしげにその男の
 子を紹介したのです。「なんか、かっこいい。」漠然と子供心に思った記憶
 があります。あとでその子から、お父さんは「テキ屋さん」というお仕事だ
 と聞きました。明るく活発でまっすぐなその男の子は、お父さんをとても
 誇らしげに語っていました。私もその子のことも、そのお父さんのことも、
 どこかで「なんか、かっこいい。」とずっと思っていました。
  その後、その男の子は卒園まで保育園にいることはなく、あっという間に
 またどこかへ引っ越していきました。きっと次の町でお祭りのお仕事がある
 んだよ、とそんな風に母は私に説明してくれて、そういうものなんだ、と
 納得したのでした。
  それから何年か経って、小学校の高学年になった夏休み、近くの中学校の
 校庭で開かれる毎年恒例の盆踊りで、そのお父さんと思わぬ再会を果たしま
 した。射的だったかダーツだったか、あの大きな声でお客さんを呼んでいま
 した。なぜか恥ずかしさを憶える年頃だったので、お父さんにヨシ君(いま
 突然彼の名前を思い出しました)と保育園で一緒でした、とは言えず、ただ
 100円を渡してそのゲームをしました。ハズレだった私にお父さんは、
 「はい、特別にこれあげるよ!」と、ミルクせんべいをくれました。それ
 以降、二度と会うことはありませんでした。
  写真を見て、そんな昔のことをふと思い出しました。


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