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■あひる1号です。
昨日の萬古祭りについて、2号が陶器市レポートでいろいろと 苦言を呈してましたが、その原稿を読んで私も考えてみました。 まず、陶器市ではある程度投げ売り的な販売になるのは仕方 がないとは思うんです。お祭りだし、在庫一掃セール的な要素 はありますし。 でも、普段の販売の仕方までそれでは、萬古焼(この場合、量産品のもの)の 価値が上がらないと思うんです。1号線沿いに卸の業者さんが並んでいます が、あれだけ交通量の多い国道沿いで人目にも触れやすい立地で、一般向け の小売も考えているのなら、なぜもうちょっと小ギレイにディスプレイなり 陳列をしないのか。コンクリートの床に木箱を置いてその上にダーッと並べ た状態で値札を下げられたって、道行く人をひきつける力はないと思うんで す。一業者の力ではムリなら、組合なり協会がアンテナショップ的なものを 出してみてもいいんじゃないでしょうか。東京では、地方の自治体が独自で 地場産品を販売する店があちこちにあります。萬古焼が四日市の地元では 安物のイメージがあるのなら、そういったショップを大都市近郊に出して、 イメージアップを図るのもいいんじゃないでしょうか。
今、これだけ100円ショップでデザインもそこそこ素敵な食器が買えた り、中国製の安い量産品が出回る中、単価だけ下げても意味はないと思うん です。価格競争に負けて、また売れずに残って、悪循環なだけですよ。 だったら、矛先を変えるべきじゃないのか。セレクトショップや輸出向けの 高級路線を狙って生き残っている業者もあると聞きます。それもひとつの方 法です。また、今回の萬古祭りで「萬古からBANKOへ〜新しいSTYLEへ」と銘 打って、雑貨屋さんに置けるようなデザインの土鍋なんかがコーディネート されてましたが、それもひとつの方法でしょう。ただ、伝統的な産業が行き 詰ると、なんでもかんでも英語にしてみたり、アルファベットで書き直して みたりする「洋物カジュアル」志向はいい加減見直した方がいいのではない んでしょうか。
たとえば、紫泥の本来の意味合いの萬古焼にしても、量産型のものには フタのところに金色の『愛デア急須・ステンレス茶漉し』ってシールが 貼られてるんですが、今どきステンレスの茶漉しがついた急須なんて、どこ にでも売ってるじゃないですか。それをさぞ珍しいものかのように、金の シールでアピールしなくても。しかも『愛デア』ですよ、あなた。(笑) 初めて台所でこれを見た時は、「あぁ、昔はこんなの貼ってたんだー。」と 思ってましたが、お店で現行品にも貼られてるのを見た時は、こっちが恥ず かしくなりましたよ。誰か一人くらい「ダサイからやめようや。」って 言い出す人はいないんでしょうか。(笑)
あの紫泥の急須にしても、「色が地味」とか「今の人はお茶を飲まない から急須は受け入れられない」なんて後ろ向きな発言をしてないで、あの色 を生かした形を作ってみてもいいのでは?…って言うと、また洋モノに走り たがるんだけど、例えば中国茶器風にしてみたり、アジアンなデザインを取 り入れてもいいんじゃないでしょうか。また、せっかく伊勢茶という名産が あるんだし、うまく組み合わせてある種のブランドイメージを作ってもいい んじゃないかと思うんですがね。(清水焼と京料理の関係みたいにね。) まずは、地元の人が「しょせん萬古焼」という負のイメージを捨てられるよ うなものにしないとね。だって、紫泥の萬古焼で作家物の作品なんて、本当 に美しいですよ。釉薬をかけていないのに出てくる綺麗な光沢と、そこに 彫られた模様を一度じっくり見てもらいたいくらい。(残念ながら、価格が 高すぎてあひるやでは取り扱えませんけど、個人的にはいつかはひとつ手に 入れたい物です。) そんな、本来の萬古焼をされている方の作品まで負の イメージで括られて欲しくないですもの。他県から来た私がそう思うのに、 地元の方はそうは思わないのかなぁ。
四日市の内々だけで物事を考えてたら、生き残っていけませんって。 …と、一介の器屋のお気楽主婦の店主は思うのです。萬古組合の方、誰か 見てないかなぁ。(笑)
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